3月13日 あるUOプレイヤーの軌跡

私がUOを始めたのは98年の1月下旬だった・・・たしか(笑)
雑誌で「何でも出来るゲーム」的なことが書かれてて、やってみよーかなーと思った
買う前は森で狩りをして暮らしてみようなどとオボロゲに考えていたのだが、
UOに初ログインしてみて、その思いはすぐに打ち砕かれることに(笑)

とりあえず日本人が多いというBajaにキャラを作ってみた、名前は最初からUnicorn。
この名前は好きなバンドからパクッた、民生とか阿部とかがいたバンドね
んでヴェスパーとゆー町に生まれたようなのだが、何をしてイイのかわからない!!(アリガチ)
説明書を見ながらとりあえず戦闘モードなるものになってみた。おお、構えてるぞ!
ふむふむ、この状態から対象をD−クリックすれば攻撃できるのか・・・
とりあえず近くにいた人(ガード)をD−クリックしてみる・・・・うわあぁぁぁぁ(初死)
な・・・なんだ!!死んだぞ!!なんだこのクソゲー!!
とりあえず幽霊かその場復活かを選ぶらしいのだが、
ゴーストになるとヒーラーなるものを探さねばならないらしい、そんなん知らんがな!
つーわけでその場復活、よし生き返った。

今度は物乞いをしてみる(今考えるとLOL)
当時のUOは外人さんがほとんどなので、つたない英語で「何か下さい〜」とお願いしてみる
すると馬に乗って強そうな人が箱(Wooden Box)をくれた、とりあえず喜ぶ私「Thank you!」
何か入ってるのかな・・・パカッ!
KABOOOOOOOOOMMMMM!!!!!(初PKed)

・・・・え?(状況がわかってない)

そんなこんなで すさんだ町ヴェスパーには別れをつげて
首都らしいブリテインに移ることに、もちろん徒歩(笑)
ブリにつくまでに何度もPKされながら、全部その場復活 LOL
動物狩りもしていたのだが、Noto Checkを知らない私はミスアタックしまくり
旧評判のグレイになっていた。
からくもブリに着いた私、しかしそこで悪魔に出会うことになる・・・・(笑)


あぁ・・・昔を思い出しながら書くと疲れるから とりあえずこれぐらいで・・・
てゆーか悪魔ってkouichirou(後にScV)との出会いね(笑)


3月14日 回想2

さて、ようやくブリについた私は炉がある鍛冶屋(1番上のとこね)のとこで2人組に何気なく話しかけた
Unicorn 「hi」
Tierra 「hi」
kouichirou 「Usero PK ga!!
WTF!!!私が一体何を!!??
これがkouichirouと私、そしてTierraとの衝撃的な出会いだった・・・(笑)
kouはミスアタックでグレイな私を見てPKだと思ったらしい、
つーか私はPKって何?って感じだったんだけどね
その後しばらく私はPKじゃないと反論したが、全く聞く耳持たず、このころから奴は凄かった LOL
しばらく言い合いした後、kouと私は喧嘩別れしたわけだが、
kou&Tieとは数ヶ月後に私がScVに入ったときに再会することとなる・・・ブリタニアも狭いなあ(笑)

この後、SCRという要するに仲良しギルドに入るのだが楽しかったなあ
最初って何もかもが新鮮に見えたもんだ・・・(遠い目)
だからと言って「昔は良かった」というつもりはサラサラないけどね、そーゆーのキライ(笑)
この頃も楽しかったし、最後の戦いYamato大戦も楽しかった

2月ごろ、そろそろシステムも分かってきたのだが、そんな私にはどうにも欲しいものがあった。
それは・・・・・馬!!
今ならサクッとペット屋で買えばいいのだが、
実はこの頃、理由は忘れたがペット屋から馬を買うことができなかったのだ。販売リストにないのね
T2Aもないから野生の馬なんていやしない
よって、この頃 馬に乗っている人はそれだけでカッコ良かったのだ!
なんとか乗っている人に売ってもらおうとバンク前の馬乗りの人に取引を持ちかけてみた
Unicorn 「suimasen,sono uma uttemoraema senka?」
馬乗ってる人 「gomen,kono uma ha urenainda」
その馬乗っている人の名は・・・・Magnus(ScV創設メンバー)
ああ、ブリタニアってやっぱり狭い
のね・・・(笑)

そのまま2・3・4月とSCRでモンスター狩りなどをしていたのだが、なんだか物足りなくなってきた
対人戦がしたくなってきたのだが・・・・
この頃はいわゆる「旧評判システム」とゆーやつで、
青い人を攻撃した瞬間、自分の称号がガクン!と下がるのだ
青→灰色→赤とゆーふーに落ちるには、5回も青を叩けば十分だった
戻すのはえらい時間かかるんだけどね
しかも同じギルド同士でも攻撃すれば称号が下がるのだ
つまり、対人戦をするにはダウン前のノーセーブタイムでやるかorPK(PKK)をするか
この二択しかなかった
よってモンスター狩りを主にやっている一般PCは対人戦など全くといっていいほど経験してない
この頃のPKが強かったとかよく聞くか、こーゆー背景も強く影響していると思う。
対人戦が全く未経験の一般PCから見たら、対人戦に慣れているPK達はさぞ強そうに見えただろう。
ありゃ、話しが逸れた。

つーわけで5月上旬ごろに対人戦がしたくなってSCRを抜けたのだが
どこのギルドに入ろうか迷っていた・・・
この頃対人戦ができるギルドといえばPKorPKKギルドしかなかった

この頃のPKギルドの有名どころといえば・・・
LLF(後にKRSに参加)、KOP(同じくKRSへ)、AoA(後にWakokuに移住)といったとこで、
PKKの有名といえば今のAWCみたいなもんで、有志の集まりであるKnights(ScVと犬猿の仲・・・w)

そんなある日、Coveのリッチ部屋で遊んでいると脇を黒プレートに赤マントの人が通った
名前を見てみると・・・・Tierra
そう、UO始めたての頃に出会ったあのTierraだ
話しかけると私のことも覚えていた、なにやらScVなるギルドに入っているとのこと
話しを聞いてみるとScVとゆーのは戦争ギルドらしい・・・ふーん・・・
だが実際にギルドウォーシステムが入ったのは、これよりまだ1ヶ月後の6月なので
この頃はギルドウォーシステムといっても噂ぐらいしか知らなかった

まあなんだか面白そうかなと思って、そのままTieの紹介を受けてScVに入ることに決めた私。
軽い気持ちで入ったのだが、ScV入隊によって私のUOライフは今後戦い一色に染まっていくことに・・・(笑)


・・・今日はここまでね(笑)



3月14日(後日修正版) サイテイの公開処刑 =P

Yamato大戦に負けた=+=は約束通り公開処刑を受けることとなった。
だが公開処刑と言っても、ただ単に殺すだけでは面白くないので、
ScVと=+=の間でシナリオのよーなものを決めてイベントっぽく仕上げることとなった。
そのシナリオの大筋

「公開処刑の最中、=+=メンバー達はあくまで抵抗を続け、反抗しながらもScVに鎮圧される」
とゆーものだった。

そして当日、場所はブリ場玉座、ScV連合は両側に100名ほど並び、
見物人は2階に50人以上は集まった
当然会場は激LAG、
さらにイベントを邪魔するために捨てキャラで玉座に居座ったり、
ゴーストになってOoOOooOOOを連打する奴が5・6人はいた、どこにでもこーゆーバカはいるものだ。

↑時間が来て、玉座前に=+=メンバーが30人ほど連行されてくる。この間も激LAGは発生しつづけている。
シナリオが始まった、突然=+=の1人が剣を抜いてLAPISに向かっていった!

↑当然ScVメンバー数人にタコ殴りされ、彼は死亡。
それに呼応するかのように=+=メンバー全員が武器を手に取りScV連合をアタックしてきた!
ここでScV連合全員も武器を取り、反抗した=+=を鎮圧にかかる。
一気に会場は乱戦状態へ!

↑=+=反乱!
しかし!!ここでいくつか予想外の事態が発生した。
このイベント中ずーーーーーっと激LAGは続いていたのだが、
あまりの重さにGame Masterがその場に居る人間をちがう場所へ次々とBANしだしたのだ!
当然ScVは100人近くもいるので、どんどんBANされる SUUUCKKKK!
←私もBANされたLOL!
さらに、反乱した=+=は当然武装していたのだが、=+=の武器にD毒(確信犯)などがあったのだ!
そして!=+=メンバーの数人は武器としてBowを装備していたのだが、
激LAGの中でのBowは猛威を振るったのだ!LAGってる間でも矢は発射され続けるからね(笑)
さらにさらに、ScV連合の大将LAPISが殺されちゃあカッコ悪いので
=+=にはLAPISは攻撃するな、と言ってあったのだが、ドサクサにまぎれて攻撃してる奴がいる LOL!
さらに、二階から弓うちまくるバカもいた模様、Huh?
そしてまだまだ予想外の事態は続くゥ!(笑)
=+=連合に参加していたDFとHoAがゲートでその場に乱入!ScV連合を攻撃しだした!!
なにやってんの?こいつら
もー会場はむちゃくちゃの乱戦へ!

LAPは当然無事だったが、ScV連合にもかなりの被害が出る。
だが、結局はScV連合は=+=とDFに呆れてテキトーに殺した後撤退、さようなら。

とまあこーゆーわけで誰の思惑からもはずれる事となった公開処刑。
各BBSでこの処刑は失敗だのなんだの書かれているが、私は大失敗だったと思っている!マジで!
付け加えておくと、=+=の大将Yutakaはこのような事態は全く望んでいなかった、
一部の者の独断で「最後はあがいてあがいて終わりたいじゃない?」てゆーことらしい
だったら公開処刑なんて提案すんな!(公開処刑は=+=側から提案された)
全く分け分からん
↓サイテイじゃん・・・



3月15日

とゆーわけで、やることやり尽くしたScVも解散し、私のUOライフは終わった
未練を残さないためにアカウントは削除し、
UO関係のブックマークも全て消したので
もう私にUO情報が入ってくることもないだろう

98年の5月15日に開設したこのホームページもその役割を終える
思えば最初からUO日記しか大したコンテンツもなく(笑)
戦争が始まってからは戦闘記録ぐらいしかなかったのだが、結局そのまま終わってしまった でへ(笑)
しかしアクセスは戦争が激化するたびに増えていき、
Yamato大戦のピーク時には1日1500カウント(!!)を超えた。ありがたいことだ

5月15日から日記はがんばって書いていたのだが、今残ってるのは11月26日から・・・
なぜかっつーとマシン買い換えたときにHDDを空っぽにしちゃったからなんですわ(笑)
今考えるとBajaScVの記録は、ここぐらいしかなかったので勿体無い感じがするなあ

そーいえば3月14日の日記は状況が段々わかってきたので修正しておく。



3月16日 回想No.3

対人戦をするためにScVに入った私。 ついでにこの頃にこのHPも開設した
とりあえずLAPISとDUELをしたのだが、対人戦初心者の私は開始10秒ほどで死亡 ぐはあ(笑)
実はこの頃のSTR60ぐらいだったりして・・・
そしてBaja No Save timeのCove前乱戦を知り、以後入り浸る。
↓懐かしい・・・98年5月頃のScVHPトップ画像
旧ヴューチャーG制なのでカオスとオーダーが入り混じってる(笑)


この頃のギルド活動といったらもっぱら「訓練」
来るべきギルドウォーシステムに向けて「集団で動く訓練」や「多対多訓練」や「集団戦でのターゲッティング」など
とても地味〜な活動だったのだ LOL
ウォーシステムはといえばたしか5月上旬に入るとかいってバグやらなんやらで延期延期で
そのたび全員で肩を落としたのだった・・・

そして6月についにウォーシステム導入!
こっから最後のYamato大戦までずーーっと戦争が続くのだ・・

この頃の敵ギルドは、Bajaは外人さんが多いので当然外国ギルド、 いわゆるクサレなギルドである「Warlocks」
システム導入2日後に戦争開始
宣戦直後にいきなり敵本拠(ScVも)のヴェスパーバンクを10人程度で襲って数人をKILL
だけど、システム導入直後は不具合で敵ギルドからも味方ギルドからもルートできなかったんだよな(笑)
死体が青いのでルートしたら当然ガード死、当初はこれで被害が出まくった
1日目は次々と襲ってくるWarlocksを撃破して完勝した
しかしWarlocksも中々のもので、次の日には15人ほどでゲート突撃してきたりしてた
この頃のScVはアクティブ5ぐらいから最大で15程度で、
主戦場はヴェスバンクだった、お互いメインがヴェスなので縄張り争いみたいだった(笑)
Warlocksはクサレなギルドなので青キャラでヒールなんて当たり前
さらには青キャラで大量Say連打も当たり前
つーわけで戦ってる間は1歩動いて10秒固まるなんてことはザラだった
しかもそのSayセリフが「Hirosima!!」とか「リメンバーパールハーバー!(スペルわからんw)」 とかなんだよね(笑)
↓対Worlocks戦の貴重な一枚(笑)
青い奴らがWarlocks
、お互い武器がHalかHXBだけなとこが当時を物語ってる

開戦1週間後ぐらいにWarlocksが宣戦解除、敵がいなくなる(笑)
他に戦争状態のギルドは・・・
JPN-99(後にScVと共に戦うことに)がいたなあ。
なぜ戦争状態になったかというと
ウォーシステム導入前にScVBBSで「敵対ギルド募集だ!」みたいなことを書いたら
「俺らがやったる!」ってBCGが書いたんだよね(笑)
とゆーわけで戦争状態だったんだけど、いかんせんJPN−99はアクティブ人数がつらくて余り戦闘はなかった
LLFとも戦争してたなあ、でも赤PK主体だから戦闘自体はあまり起きなかった
あとは、PKKギルドのPuniとも戦争期間は短いけどやった
でもBBS合戦もあったりして1週間たらずでPuniは内部ゴタゴタの末宣戦解除、後味悪かったな・・・(笑)
Puni戦最大の収穫といえば、今後ScVの主力となるSIGがPuniからScVに移籍してきたことだろう
実は前から私とSIGは知り合いだったからSIGがPuni抜けた後に勧誘ICQを連打した LOL

そしてウォーシステム導入後1ヶ月が経過して、ウォーがようやく周りに認知されだした頃
新評判システムで赤PK活動を縮小せざるを得なくなったPKギルドや、
ScVのことがキライなギルド(当時から嫌われてたw)が宣戦布告してきて
一気に敵が増えた
具体的にはKOP、FdE、BC(Knightsメンバー多数)、AoAといった日本人ギルドに加え、
Patryns、LoD、LotD、TFMという外国ギルド(ほとんどクサレ系w)と戦争状態になった
これだけ敵ギルドがいたが、ScVは全部迎え撃った。しかも全部優勢だったと思う。
この頃はまだ連合なんてどこも考えもしない状況でアクティブ5〜10程度の戦闘がほとんどだった
つーか敵を探すほうが大変で1日中偵察してどこにも敵がいなくて終わるってことも多かった

そして8月、この頃がBaja時代で1番大変な時期だった
どう大変だったかというと「ScV包囲網」みたいなものが出来てたのだ
あれ?Yamatoでも同じようなことが・・・まあ歴史は繰り返すとゆーわけだね LOL

まず、対ScV連合LaG(KOP、AoA、K'z)が
宣戦してきて戦争開始
(後にYamato ScV主力となるnaoさんもLaG出身)
!?(BC、LLF)といった連合まで出来て戦争状態へ
さらには新しくできた傭兵ギルドDF(この頃は傭兵はしてなかった)、
対ScVのために出来たギルドLVH(ギルド名が吸血鬼狩り研究所とかそんな意味だった)、
少数精鋭を掲げていたCK(入隊条件にレジいくつ以上とかあった)、
外国ギルドでは5th(開戦後ぼこったら速攻解除されたけどw)、
TFMが分裂してできたBOMとゆーギルドも向かってきた(ここもすぐに解除してきたw)。
さらにはDFとFdEは連合するという状況 これら全て敵だぜ。うはは(笑)

ScVはこの頃開かれた第一回UOリンピックを通してBCGと話す機会ができて
ScVとJPN−99は共闘することになった、これで今後の主力となるBCGやNexusが入ってきたわけだ
戦況はなかなか厳しく、戦場で一つのギルド倒しても新たなギルドが来るといったことが多々あった
しかしScVは劣勢でも戦いつづけ、1番苦しいこの時期を乗り切った
そして次第に押し返していくのだった・・・・



3月18日 回想No4

そんなこんなで8月を戦いぬけて、9月には居ると敵の攻撃は段々弱まってきた
アクティブ率が減ってくるってことね。
そうして押し返していくうちに、日本サーバー立ち上げの話しが・・・

私はとゆーとその頃の散発的Warに飽きてScV抜けました でへ(笑)
そこで別ギルドを立ててScVとでも戦おうと思ってたんだけど、
日本サーバー移住に伴ってBajaは一気に冷めていった・・・
つーわけで企画倒れ的に別ギルドで戦争はやめてPKをすることに、
メンバーはと言えば、Unicorn Tierra kiyoyo Kintaro kouichirou RYUなどなど・・・
スキル的にもプレイヤー的にもかなり強かったと思うなあ・・・
でもPKってさー、ぶっちゃけた話つまんないんだよねー LOL
なんか戦意ない奴にアタックしてもすぐ逃げるし、まあ当たり前だけど
集団PKした場合はほとんど出会い頭の魔法による瞬殺
で終わっちゃう・・・
しばらくやって賞金首ボードに載ったけど別に・・・(笑)
つーわけでPKも終わりにする為に、
単身Shame L4に飛びこんで「my head is 10k!!!」を連呼しつつ突撃→死亡 LOL

つーわけで日本サーバー移住したんだけど、ScVに戻った。
なんでかっつーとYamato移住したらScVはCoSと戦争すると聞いてたから、
そしてCoSと戦ったんだけど、結果はあえて語らない
良くも悪くも自由なギルドっつーことで・・・・

その後については過去日記と重複するのでいいでしょ
つーわけで回想終わり!!終了!!



終わりに・・・

と、ゆーわけでUO日記は以上で終わりです
今まで見てくれてた皆さん、ホントにありがとうってな感じです
このサイトのコンテンツは、次に私が新たに何か始めるまでは残しておきます

ブリタニアにScVとゆーギルドがいたこと、
そのギルドが設立以来戦いに戦いつづけて解散するまで、
UO史上最大級のWarだったといえるYamato大戦、
それらの記録が一応あるので暇なときにでも見たって下さいや。

思えばScVとして生きてScVとして終わった私のUOライフ・・・サイコーに楽しかったぞ!(笑)

あーーー面白かった!